(つづき) 



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milkshopDELI
(ミルクショプ・デリ)

この店頭屋号には、こんな想いが
込められています。


delicious:おいしい乳製品を
delivery:定期的にお届けすることで
delight:美容と健康という人生の喜び
をサポートする。


ガンに苦しむ父の前では、
何の役に立たなかった僕。

身勝手に遠く離れ、
何のサポートも出来なかった僕。


父:達夫の死と引きかえにリニュアルオープン
したこの店は、地域の皆さんの健康の役に立ち
人生の喜びのサポートしなきゃダメだ。

そんな想いを込め名付けました。







この屋号に“明治”を入れなかったのも

meijiだったら、どこからとっても一緒」
「全部同じmeijiの下請け会社なんでしょ?」

といった誤解を解きたかったからです。


宅配の回数/曜日/時間、料金まで
全てお店ごとに異なります。

お届けする乳製品というモノは一緒でも
お届けする「その想い」は全く違う。

特に奇跡的な巡り合せで、亡き父の遺志とも
いえる明治ヨーグルトR-1お届けする想い
他の明治販売店とは一緒にされたくない!

そんな強い想いがありました。






■みなさんを“救う”ため


思い起こせば、その頃の僕は従業員教育
の現場で、自分たちの存在意義を

「地域の皆さんを救うため
 に存在しているんだ!」


と連呼していました。


悪徳ともいえる変な明治販売店の営業から
お客様を“救う”ため、milkshopDELI
PRし続けました。


父には何もしてやれなかった僕と同じ想いを
せぬよう、R-1ヨーグルトの存在をPRしました。


しかし


なかなかこの想いは伝わりません。
市場は受け入れてくれません。

売り手である僕らが声高らかに言えば
言うほど、引かれてしまいます。

NK活性を説明したところで、この時は
まだNK細胞自体も世間の認知も低く
多くの人が興味を示しませんでした…


それでも、

絶対お客様の役に立つ!

強い信念の下、悪戦苦闘する中


起こったのです・・・
 

千年に一度といわれる
あの大震災が。



■心折れかけた僕…
 再起の切欠は、
 炭火やきとり。




2011.3.11 東日本大震災





亘理町は町の約半分が津波で浸水。
当店も約4割のお客様をこの震災で失いました。

終わった・・・

もう、おしまいだ。






父:達夫が僕に与えた最期の試練
milkshopDELI の存続」も、
この未曾有の大震災では、もはやこれまで。

ムリだ・・・

と、諦めかけてたその時


「倉元さん、“炭”持ってない?」


隣の居酒屋 藤五郎 さんから
声かけられました。
 

「えっ! (゚ペ)?
 あ、あるけど・・・」

 

「じゃ、それ持ってきて!」


仕込んでいた焼き鳥を、このまま腐らす訳には
いかない!だから、全部焼いて配るんだ!

というのです。





当店の周辺には、小中高校があり
避難所が開設されました。

大津波から逃れてきた沿岸部の方々が
身を寄せ合う場所となり、震災直後は
瞬間的に人口密度が高まりました。

しかも、向いのスーパーは天上が崩れ
物資はあっても店に入れない状態・・・

何かモノはないか?と多くの避難者の
方々が街をさまよい歩いてました。


そこに、肉の焼ける香ばしいにおいが・・・

藤五郎さんから、炭火やきとりのにおいと
炭の煙が立ち上がると

人々が集まりだしました。


八百屋さんも車庫を利用し、今
あるだけの青果の販売を始めました。


「こんな時こそ、個人商店の出番だ!」

「そうだよな!
 メソメソしてたってしょうがない」


「今、僕ら商店に出来ることをやろう!」


誰から言い出すわけでもなく、そんな
想いが共鳴したのでしょう。

うちの前の通りに、“市” ができました。

僕もmilkshopDELIのシャッターを開けました!





電気が止まっていたので、冷蔵庫は
機能してません。でも幸いなことに
気温は低く、乳製品は生きています!

宅配なんかできる状態じゃありませんし
3/14(月)に宅配予定だった商品を全て
店頭に出しました。


すると・・・


milkshopDELI に
行列ができたのです。



「うちの子はヨーグルト食べないとお通じが・・・」

「慣れない避難所のストレスで・・・
 だから、おばあちゃんに牛乳飲ませたい。」


皆さん口々に乳製品の必要性を話してくれ、
乳製品を求めて並んでくれたのです。

「もうお終いだ」なんて・・・
何をメソメソしてたんだ!

こんなにも人に求められてるじゃないか!
地域住民の元気に役立つ仕事じゃないか!



父:達夫が与えた最期の試練、僕の使命である
milkshopDELIの存続。

大震災を前に、消えかけてた炎は
炭火やきとりを切欠に、また燃え始めたのです。


全国の支援を受け、こんなステッカーもつくり





ミルクで元気にがんばろう!

を合言葉に、仮設住宅を中心に
元気の輪を拡げ始め、再起を図ったのです。


その後、明治東北工場の復旧を機に
入荷商品も充足していきました。

そうなれば、いよいよ…






強さひきだす乳酸菌!

R-1ヨーグルト のPR再開です!!!


このままで終わるもんか!
絶対、復興するぞ!
負けるわけには行かない!



震災被害が大きい僕の宅配エリア
宮城県仙南東部沿岸部。

この地域の元気を取り戻すには
R-1はピッタリだ!

復興には、地域住民の元気なカラダが
必要不可欠だ!

と、PRを強化するのですが…


ここでもまた自分の無力さを
痛感することになるのです。




父と僕のR-1物語【後編】その(2) へつづく>>
 



〔父と僕のR-1物語シリーズ〕

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